【奈良県果樹研究会レポート昭和40年】
梨黒斑病の生態と防除   辻本 昭


  昭和39年は本病が大発生したが、この傾向は他府県においても同じであった。本県の主な品種は二十世紀梨であるが、この品種は昔から本病に弱い事がわかっている。しかし、何故昭和39年だけが大発生したのであろうか。理由の解明に必要な基礎的研究に乏しいので、まだ明確なこととは言えないが、2〜3月頃の高温が胞子密度を多くし、袋掛け時に胞子を包み込んだことが原因だと一般的に推論されている。

1.品種の抵抗性

  二十世紀梨は弱く、長十郎は発生が少ないが、品種の強弱は、葉が厚いとか薄いとかに関係なく、抵抗性の素質は菌が出す毒素に対する敏感さの程度によるものであり、胞子が葉の上に附着しただけで、弱い品種ではもうそこが黒くなってしまうのである。毒素はフイトアルタナリンAというもので有機酸の一種である。その化学構造はR‐COOHという形をしている。そして、菌の生育が最も盛んな時に毒素の生産量も最大になるのである。強抵抗性の品種では、葉に黒い斑点ができるだけで病気が進展しないものが多いが、これは毒素に対してその部分の組織が勝った証拠である。従って、弱い品種では先ず大切なことは、もともと葉の組織……つまり梨の体……が弱るとか、窒素が効きすぎているとか、日照りの害があったとか、ならせすぎで体力が消耗されているとか、この様な原因があると、病気にかかった場合の病勢は非常に強いものとなってしまうのである。

2.菌の侵入
  病原菌は若葉の裏面からの侵入が最も多くて強い。胞子が若葉の裏面についてから侵入に要する時間は4時間以内という成績もある。弱い品種では侵入が早いし、強い品種では46時間たってもごくわずかしか侵入しない「太白」の様なものもある。

3.潜伏期間
  潜伏期間も若葉では20時間位であるが旧葉では50時間にもなる時がある。弱い品種では7時間という成績もある。潜伏期間がすぎると、葉や果実の上に再び新しい胞子が出て来るのであるが、この胞子再生に要する時間は温度が高い程早くなる。24℃では1日、12℃では3日という成績もある。この時が乾燥状態である時はもっと時間がかかる。しかし、幼果では乾燥時でもどんどん胞子ができる。これは大事な現象である。

4.病原菌の生長促度
  この病菌は比較的高温を好む病菌で、25〜30℃が発育の適温である。胞子が発芽するのは28℃が最も適当で、この温度では発芽してからの菌の生長量も最も大きい。発芽するには湿度が85%以上あることが必要で、水中では30分で発芽する。このことは、病気の伝染時の雨・湿度との関連で、感染に関する問題として充分考えに入れておくことが必要である。

5.冬から春にかけての伝染

  さて、病原菌の一般的な性質はこの位にとどめておいて、病菌の越冬と春先の伝染をみてみよう。先ず越冬であるが、病気にかかった葉が土中に埋めこまれたままの状態では、翌年までにその上についている胞子は皆死んでしまうので関係がない。若い枝の病斑や鱗葉の内部に入った菌、オオシンクイムシの被害芽に入っている菌とか、カワムグリの被害枝とか、枯死している芽、不完全芽などで徒長枝先端の奇形芽、結果枝の極小型の病斑などにいる菌が春先の伝染の源として重要な働きをするのであり、後述のように5〜7日の徒長枝の病斑や秋芽を立たせる時など、上にあげたような場所に発生する病気が多くなるのであるが、これらが源になって、この様な越冬菌が多くなるのである。これらの部分に胞子が出来てくるのは、今年は大分寒いから多少のおくれはあるだろうが、普通の年では3月下旬〜4月上旬頃からである。従って、この頃までに第一回の防除を行なう。PCP石灰硫黄合剤がそれである。PCPは多少内部に浸透して中の菌糸を殺す力がある。越冬病斑上に出来た胞子の飛散は3月下旬頃から始まるものとみられ、若葉のまだ開いていないものが感染しやすく、そこに先ず菌糸が侵入するのである。しかし越冬病斑上で、胞子が最も多くなるのは5月から6月であって、この時期の、まだ開いていない若葉とか幼果は一番感染率が高いのである。以上までが第一次の伝染である。この頃の防除が一番大事な事なのである。

6.第二次感染

  展開していない若葉や幼果についた胞子は、その後その上にまた新しい胞子が出来てくる。この時、胞子形成は、葉よりも幼果の方に多いのである。しかも、幼果での胞子形成は、空気が乾燥していても出来るのである。またこの頃、発育枝が何時までも伸び続ける様なことがあると、その発育枝での発病が非常に多くなる。こうなるのは、雨の降りすぎとか、窒素の効きすぎとか、その他の原困もある。しかも、この頃に出来た病斑の上での、翌年の胞子形成量は、他の病斑のものよりはるかに多くなるのである。黒斑病菌は雨風によって非常に簡単に伝染する。したがって、5〜7月頃は、まだ開かない若葉や幼果へたえず伝染が行なわれ、その頃雨があると急速に伝染が大きくなる。また、その雨が長続きしたりするなどの原因で徒長枝の伸びがとまらないことがあると、そこへ病斑が多く発生し、それにとどまらず翌年の伝染時の胞子形成もその部分で非常に多くなるというわけである。昭和39年の大発生は、昭和38年の長雨との関連を考慮に入れなければならない園もあろう。昭和40年も、昭和39年に大発生した園では、何時までも発育枝の伸びがとまらないような肥培管理をしないよう注意し、今年の梅雨の状況も充分考えに入れて対処していくべきである。第二次感染の胞子の飛散は、6月中下旬から8月上旬が最高であるが、現在の薬剤は予防薬ばかりであるから、初めの菌の密度を小さくするための5〜6月の防除が非常に大きな役割をはたすことはよく理解のことと思う。胞子は日中9時〜16時が多い。雨があればその時に出来ている胞子がいったんとれて感染源となり、その後2〜3日後に必ず大量の胞子が飛び散る。雨の量は多くても少なくても同じ傾向を示す。ここで興昧あることは、ボルドー液は発病後に薬剤を散布しても、その後5日間位は胞子が飛べるのであって、その後になって初めて胞子の形成量が少なくなってくるのである。ボルドー液は効果の出るのがおそいのである。少なくとも発病以前から散布しなければならない。ボルドー液に対する菌の耐性は認められていない。従ってボルドー液を散布し続けたからといって、病原菌が強くなっているということは今のところ考えなくてよいだろう。6〜7月頃になればアーテックを用いることが出来る。しかし、かぶれるから注意すること。6〜7月のボルドー液にはフミロンを加えるのもよろしいが、何時までも加用し続けると果実の色づきがおそくなり、収穫期がおくれてしまうから、7月いっぱい位でとめるべきである。

7.最後に袋について考慮しておこう

  ビニール以外では、パラフィン紙を含めて、どのような種類の紙でも最高5時間以内に、黒斑病菌はこれらの紙を貫通する。これらの袋の2回がけは効果のあるものがあるが、シンクイムシの被害との関係では、まだそれぞれ一長一短があるようである。
要するに薬剤散布を行う場合は、開花前と後、及び袋かけ前と後には必ず薬剤をかけておくべきであり、ボルドー液は6−6式を用いる。それから後は雨によく注意し肥培管理にも意を用い、必要に応じてフミロンを加用したボルドー液にし、6〜7月の間は早目、早目に散布を行うべきである。