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| 奈良地方気象台 |
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当果樹組合が昭和42年に設立され、私で19代目の果樹組合長になります。大阿太高原での梨の栽培の歴史も100余年を経て、今日にいたりました。二十世紀梨の栽培は、他産地よりも先駆けての栽培が行われ、また販売面においても今の宅配便のトラック輸送にあたる鉄道での通販も、大阿太高原が始まりであったと思われます。一方では、近畿日本鉄道との提携による梨狩りが始まり好評をはくしました。これは、梨園に入園して入場料を支払い食べ放題、お弁当もその中で食べられるという画期的な企画でした。
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| 果樹組合長 |
バブル景気が崩壊して、大阿太高原梨のブランド力もかげりが見え始め、販売の見直しを余儀なくされました。梨の通販の新規獲得客が大きな問題となって組合員の前に立ちはだかりました。今まで、吉野地方の地場産業を通じての客の広がりがうまくいっておりましたが不況という波には到底勝ち目はありませんでした。インターネットの普及により客の購買意識の多様性が生まれましたが、問題点をクリヤできなければ絵に描いた餅であります。
今の時代の要請にこたえるべく、梨栽培の情報公開もかねて、販売方法の一助になればという思いからのホームページ開設であります。 |
| 果樹組合長 田中伸幸 |
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大阿太高原は、標高150M〜200Mの高さにある丘陵地帯であり西・北は金剛・葛城山系からなり東は竜門岳から高見山、南は大峰山系からはるか熊野山山へと連なっています。大阿太高原は、その中にあって盆地上の高原形式になっており気温の温度差が激しく果樹栽培に適した気候です。
土質は強粘土質であり、見た目には赤土とよばれる色をしていてこの赤土にはミネラル分が多く含まれており、梨の糖度を高める因となっている。
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| 他の生産地の追随を許さない糖度の高さと、ジュウシーな味は土質の特異なよさと、先人たちの努力の賜物であろうか。今までは大阿太高原近辺のブランドとして高い評価を受けてきましたがこれからはグローバルな世界にふさわしく、全国版への飛躍を考えねばなりません。大阿太高原梨のブランド価値をよりいっそう高めるため環境保全型農業に大淀町果樹組合全体で取り組む姿勢が望まれますし、消費者のニーズに沿った生産の仕方と販売の方法を導入していくべきだと思います。 |
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