2017/4/26  未分類
SSによる梨の受粉作業

梨の受粉作業は大変な労力と、作業期間が短いので
とても気の使う作業です。
梨は、他家受粉で花粉が別の個体にある花の雌しべについて受粉することで
あり、廿世紀梨であるなら幸水梨、豊水梨、長十郎等の品種の花粉が
廿世紀梨の花の雌しべにつかなくては廿世紀梨の実がならないのです。

梨の受粉作業は4月の中旬から以降ということですが、天候が左右いたします。
晴れて温暖ならいいのですが、この時期は天候も変わりやすく雨なら交配作業
が出来ません。しかも短時間で作業をしなければならず時間との勝負でした。

梵天で一つ一つ、花粉付け作業をしていかなければならず、この方法は最近まで
変わりがありませんでした。少し変わったことは、ラブタッチといわれる、
動力で花粉を飛ばす小さな器具ができたことでした。この器具とても
故障が多く、専業農家にとっては画期的とは言えないものでした。

そこに出てきたのが、消毒をする機械SSを使い梨の花粉を水に溶かして
散布交配をするという方法です。

現代農業の2014年5月号に掲載された「ナシもリンゴもSS溶液受粉」
長野県松川町・松下忠一さんの紹介記事です。

私も早速にその年試してはみましたが、なにせ初めてなので半身半疑で
溶液受粉を試してみました。まずは清澄梨を試しましたがこの樹園地は
幸水梨も豊水梨も混植されているのでSS受粉だけではなく他の要因も
考えられるので、廿世紀梨の樹園地での受粉作業を行ってみる必要が
ありました。2015年の清澄梨は問題なく受粉が確認できました。

廿世紀梨もSS受粉を行いましたが、手作業での受粉作業も行いました。
しかしこれでは、どちらで受粉されたのか確認できないので、2015年は
一切手作業の受粉は行わずSS受粉のみで結果をまちました。
梵天での手作業となんら変わりなく、廿世紀梨の結実が確認されました。

2017年 今年もSSによる受粉作業を行いました。手作業による受粉作業ですと
家族全員4~5人で4日くらいかかる作業ですがSSですとわたくし一人で、
3時間もあれば十分に全樹園地の受粉作業をこなせます。
そしてこの作業ですと一度ではなく2~3度同じ作業をこなせます。
梵天による手作業ですと1度が限度です。

家族の労力が頼りの果樹農家としては画期的な受粉方法です。

 

 

2017/4/21  未分類
送料無料の梨の花満開

百華園が梨を栽培する、奈良県吉野郡大淀町の丘陵地帯大阿太高原は

梨の花満開です。

交配も17~19日で終わり21日の今日は雨模様、気温が低く肌寒いです。

交配の日は昨年よりも1週間遅くなりました。

ここ10年くらいは14日前後と、花の開花が早まってきていまして、

収穫もその分早くなっていました。

今年は、昨年よりも収穫が遅くなるでしょう。

「梨」の特徴は?花言葉は?

「梨(ナシ)」はバラ科ナシ属の植物で、食用として世界中で
広く栽培されています。
その中でも私たちが普段何気なく「ナシ」と呼んでいるものは
「和ナシ」と呼ばれる品種で、豊水や幸水などがあります。
他にはラ・フランスに代表される「洋ナシ」もあります。
ナシの開花は、4月に桜に似た綺麗な白い花をつけます。
そして、実をつけ、秋に収穫されるのです。

ナシの花はその白さから、雪にたとえて「梨雪(リセツ)」
と呼ばれることがあり、花言葉の由来にもなっています。純白で清らかな花は、
何にも染まらずに広く愛情を分け与える様子を想起し、
「愛情」「博愛」の花言葉ができたといわれています。

 

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2017/3/24  未分類
梨のルーツのお話

梨のルーツである山梨(ヤマナシ)は、バラ科ナシ属の

落葉高木である。本州から九州にかけて分布していて

、山地帯のやや湿った所に生えている。

海外では、朝鮮半島、中国にも分布する。

日本のヤマナシは、本州、四国、九州の人家に近い山地に

多く見られることから古い時代に中国から渡来したという

説がありますが、私の住む奈良県の大阿太高原の近くに桜で

有名な吉野山があります。この吉野山に役行者が開いたといわれる

金峯山寺があります。

少しここで金峯山寺の説明をいたします。

(大和の国 、吉野山から大峯山山上ケ岳にかけての一帯は古くは金峯山

(きんぷせん)と称し、古代より世に広く知られた聖域でした。

この金峯山に役行者神変大菩薩が白鳳年間(7世紀後半)に修行に入り、

修験道独特の本尊・金剛蔵王大権現を感得されます。

この姿を山桜に刻んで、山上ケ岳(現:大峯山寺本堂)と山麓の吉野山

(現:金峯山寺蔵王堂)に祭祀されます。これが金峯山寺の開創と

伝えられています。  明治7年(1874年)、明治政府により

修験道が禁止され、金峯山寺は一時期、廃寺となり復職神勤しますが、

同19年(1886年)に天台宗末の仏寺として復興。昭和23年(1948年)

には、蔵王堂(国宝)を中心に、金峯山修験本宗が立宗し、

その総本山として今日に至っています。山号は国軸山、宇宙の中心の山

という意味を号しています。平成16年「紀伊山地の霊場と参詣道」

の一つとして金峯山寺本堂蔵王堂及び仁王門がユネスコの

世界文化遺産に登録されました。
金峯山寺の本堂。秘仏本尊蔵王権現(約7m)三体のほか、

多くの尊像を安置しています。

  重層入母屋造り、桧皮葺き、高さ34メートル、四方36メートル。

堂々とした威容の中に、優雅さがあり、たいへん勝れた建築という

高い評価を得ています。

  金峯山寺内では古くから、白鳳年間に、役行者(えんのぎょうじゃ)

が創建されたと伝えており、また、奈良時代に、

行基菩薩が改修されたとも、伝えています。その後、

平安時代から幾度か焼失と再建を繰り返し、現在の建物は天正20年

(1592)頃に完成したものです。大正5年から13年にかけて、

解体修理が行なわれ、昭和55年から59年にかけて、

屋根の桧皮の葺き替えを主として大修理を行ないました。)
(金峯山寺のホームページより抜粋させていただきました)

 

この本堂の柱に、千年といわれる梨の木が柱として使われています。

この木は吉野の山々から切り出されたようですが、その詳細は

定かではありません。

梨の木は大きくならないと思っておられる方が多いようですが

、自由に伸ばしてやると10~20mもの木になります。

私の農園の敷地内に、樹齢が100年を過ぎたと思われる

ヤマナシの木があります。

毎年4月上旬には花を咲かせてくれます。廿世紀梨の梨の

花よりかは2週間くらいは早いでしょうか。

大阿太高原ですが、奈良県吉野郡大淀町佐名伝、薬水の住所で

大淀町の町花は梨の花です。平成29年度の大淀町3月議会に

おいて、植樹は町の花である梨の花を植えましょうという

条例が制定されました。これは梨農家にとって喜ばしい

限りです。

 

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